田村夏樹を語ってみる。

藤井郷子ばかり熱く語っているが、田村夏樹という演奏者はただ「夫」というだけで側にいるわけではない。藤井郷子の音楽に親しむにつれ、その音楽を語るにつけて「田村夏樹」という人の懐の深さに感じ入ってしまった部分があり、今回はその話をしたいと思う。ただし、田村夏樹が単独で参加しているグループでの演奏については省くことにする。

トランペット吹きとしての田村夏樹が話題に上ることはあまりない。そのグループの雰囲気に溶け込んで廻りとの調和を上手く取れる演奏者であり、だから特別目立つ事もなく、坦々と演奏する人のようにも感じられるからだろう。初め、藤井郷子とのデュオを聴いても注目しなかったのは、その辺りに惑わされたからだと思えて仕方無い。
田村夏樹が前面に出て来る演奏と言えば、録音では2枚のソロ。およびドラムとのデュオが1枚という数少ない3枚だけである。リーダーのバンドのCDには「飛不動」や「ハダハダ」等もあるが、全体のバランスを第一に考えて演奏しているように聞こえ、自分のエゴを押し通すような所はない。
では先の3枚に共通している事は何か。藤井郷子が参加していない。というのがその答えである。
だが勘違いしないでもらいたいのは、私はここで「嫁さんがいなくて羽目を外している亭主像」を語りたい訳ではない。先程「全体のバランス」と書いたが、己れを押し殺しているわけでもない。時としてふざけてるんじゃないかと思うほど遊びも入れているにも係わらず、しっかりと演奏の中に溶け込んでいる様を表現したいのである。これは例えば、藤井郷子が他人のグループで遠慮しがちなのとはちょっと違う。

藤井郷子と田村夏樹を比較しようと思ったら、面白いのは何と言ってもオーケストラであろう。特にライブだとわからない方がおかしいくらいだ。それぞれが書いた曲の違いももちろんあるが、曲を書いた方が指揮をするので違いが際立つ。田村夏樹が指揮をしているとき、藤井郷子は傍で笑っているか演奏者として参加するだけで手出しはしない。時々、トランペットのセクションから紙を一枚ヒラヒラさせながら降りて来て壇上に上がり、おもむろに指揮棒を振る姿は戯れているとしか表現のしようが無い。思い付きで指揮しているようにさえ見える。
ソロCDでの違いは前に書いたので省くとして、こうも違う二人が真っ向から譲らずに一緒に演奏したらどうなるか?
現実にはいともあっさり田村夏樹が引くのである。これも前に書いたが、カルテットで吹きまくる田村夏樹は自ら進んで藤井郷子の道具になっているようだし、オーケストラでも演奏者として自分の席にいるときはホーン陣を後ろからまとめ、声や、おもちゃを使った音の遊びも先頭に立って手本を示すことで、ともすれば、なし崩しに崩れていく可能性もある演奏を支えている。
つまり、常に側に居て誰よりも藤井郷子の音楽を理解し、その音楽を支えているわけで、シンセサイザーを使う田村夏樹カルテットやアコーディオンに挑戦したアコースティック・バンド(残念ながらまだ聴いたことが無い。CDも出てないし)などと言う自分がリーダーのバンドでさえ、藤井郷子に新しい楽器や新しい音を摸索する機会を与えようとしているのでは無いかとさえ思える。

単純に、己れを押し殺して影に廻り、藤井郷子に尽くしているというのであれば話は簡単なのだが、田村夏樹の凄いところは、そこまで譲っているようでその実やってる事はあまり変わってない所にある。
先程「あっさりと引く」と書いたばかりで矛盾するようだが、演奏の1つ1つを良く聴いてみるとソロの取り方など演奏に大きな違いがあるわけではない。どちらかと言えば「いつでも一緒」だろう。
田村夏樹の演奏だけ取り出してまとめると「コココケ」のような不思議な匂いのCDが出来上がるのに、それがカルテットやオーケストラや、その他のユニットでは廻りに溶け込んでしまい違和感が感じられなくなるのである。凄いと言わずに何と言うのであろうか。

藤井郷子の演奏が、自分のバンドであればトリオであろうとオーケストラであろうと藤井郷子の音楽になるのに対し、田村夏樹は、自分のバンドであっても「田村夏樹」という色は前面に出て来ない。あくまでそれは「そのバンドの音楽」であり、一見して「田村夏樹はスゲェぜ!」とはならないのである。
これを損と見るか得と見るか、意見の分かれるところかもしれないが、私はだからこそ田村夏樹は懐が深い。とか、引き出しが多い。などと表現したくなるわけだ。
もちろん、一緒にいることで自身も相当影響を受けているだろうから一方的な関係では無いのだが、初めてCDジャケットで名前を見たときには、藤井郷子の「おまけ」位にしか考えてなかった(これも前書いたな^^;)田村夏樹は、実は藤井郷子の音楽にとって負うところの多い存在であったのである。

さて、これで話を終わろうと思ったのだが、言い忘れたことが一つある。一度田村のトランペットにだけ注目して聴いてもらうとわかるが、田村夏樹のトランペットの音色は実に美しい。一旦そのことを受け入れてしまえば、何故今まで田村夏樹の演奏の良さに気付かなかったのか自分で自分が不思議になるはずである。

(2005/5/29)

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